運転免許騒動記
免許取得への道 Part 29
2003年4月18日:「無免許生活」の終焉

 ついに来たこの日。心境はやはり複雑である。


免許交付も待ち時間との戦い

 4月18日。悪夢の日から約半年後の今日、私はふたたび二俣川にいた。 ついに免許を取らされてしまう日が来てしまったのである。 運転免許試験場までの道すがら、 「今ならまだ引き返せるのに」と何度となく思ったが、 すでに20万円以上を投下した今、さすがに引き返すことはできない。 ということは「免許を取らない」という私のポリシーは、 自分自身の価値基準ですらたかだか20万円そこそこでしかないわけで、 この事実が自己嫌悪を加速させる。

 ちょっと急ぎすぎて、試験場には8時15分ごろ到着。 取得時講習を終えて免許の交付を受ける場合、 午前中だと8時30分から9時までの間に受付を済ませなければならず、 さらにその前に交付手数料ぶんの証紙を買っておく必要もある。 朝6時半に退社して、のんびりしていると9時に間に合わないかもしれないと思って、 途中の「遊び」を極力削ってここまで来たのだが、結果的にはやや早すぎた。
 ほとんど行列のない窓口で1750円ぶんの証紙を購入。 取得時講習を終えたので今日は免許を受け取るだけ、という人はかなり少数派なので、 おばちゃんに「あんたは何?」という顔をされながら「1750円でいいのね?  外で受けてきたのね?」などと言われた。 試験場ですらこのぐらいの「マイナー扱い」をされるとなると、 少しは免許取得に対する嫌気も緩和される。 ただ、こうした事情は免許証には特に何も記載されないわけで、その点は不満。 「○○自動車学校卒業」のような記載が追加されると、 免許証交付後もマイナーさが際立っていいのだが。
 しばらく技能試験窓口の前で待っていたが、 8時半に開くはずの窓口は気付くとすでに開いていた。 観察していると私と同じ立場の人がすでに受付を済ませているようなので、 空いているときを見計らって行ってみた。 すると、たしかに8時半にならなくても受付をしてくれる。
 受付のしかたを見ていると、 何やら金庫のような棚から厳重に保管された書類を出してくるので、 単なる書類なのにそこまでする必要があるのか?と思ったが、 受け取ってみて納得。仮免許の学科試験を受験したときから半年間にわたり、 ずっと持ち歩いてきた写真入りの申請書類が出てきた。 技能試験に合格したときにこの書類は回収され、 手元にはその代わりとなる合格証明書があったのだが、 単に合格証明書を見せるだけではダメなのか。
 証明書の類と証紙を回収され、渡されたのが整理券のようなもの。 「2号館2階、免許1係の前でお待ちください」と言われた。 して、集合時刻は9時40分。いきなり1時間以上も待てというのか。


免許1係、窓口なし

 ともかく、2号館の2階に行ってみた。 ここは免許証の交付を受ける人のみが出入りするエリアで、いわば未知の領域。 免許証を更新する人のせいで、ここはかなり混雑していた。
 免許1係というのを探してみたが、窓口としての「免許1係」は見当たらない。 隅っこのほうに「免許1係」と書かれた執務室を見つけることができたが、 明らかに「関係者以外立入禁止」といった雰囲気だったので、 ドアの前にあったベンチでしばらく待つことにした。 ほとんど睡眠をとっていないので眠いはずなのだが、 さっき電車の中で30分ほど寝てきたので、ほとんど眠れなかった。
 目の前は写真撮影室の出口なのだが、ここではおばちゃん、 おっさんが待ち構えていて、出てきた人に冊子を渡し、講習室へと案内している。 さて、このステップのどこに、 天下り法人「交通安全協会」への入会強制が潜んでいるのか。 加入しろと言われてももちろん拒否するつもりだったので、 神経をとがらせながら見ていたが、この段階では加入うんぬんは関係ないようす。 とすると交付直後か。そういえば交付窓口の横にはそれっぽい長机があったな。
 待っている間に人が増えてきた。私のとなりにもおっさんが座ったのだが、 このおっさんは明らかに短気で、順番を待ちきれずにかなりいらいらしていた。 それでも私よりずいぶん後に来て、さらに私より先に呼ばれていたのだが。 典型的な役所であるから忍耐が必要である。
 9時40分になっても何の音沙汰もなかったが、 9時50分ごろになってようやく、免許1係から出てきたおばちゃんに名前を呼ばれた。 レアだと思われた取得時講習修了者だが、それでも5人以上にはなった。 この中で何人が「免許初取得」かは知らないが、 まったく、免許取得希望者の多さには毎度あきれる。携帯電話業界も真っ青だ。
 名前を呼ばれた人は写真撮影を行う。例の、背景がブルーで人相の悪いやつである。 ただ、証明写真ふうの状況では私の写真写りはまんざら悪くなく、 今回もあとで見たら非常にまともな仕上がりだった。 ちなみに、そのへんに転がっている空き箱から判断するに、 カラーのインクリボンか何かを使った、熱転写方式での印刷のようだ。
 撮影は一瞬で終わった。さて、このあと講習か?と思ったら、 特にそういうのはないらしく、「約30分で免許証ができます」とのこと。 9時40分まで待たされたのは講習のせいだとばかり思っていたのだが、 実際には写真撮影だけで終わり。ひどいもんだな。 これだったら、9時の受付終了を待ってすぐさま写真撮影すれば、 30分は早く終わったじゃないか。


脱兎のごとく

 あきれながらも1号館1階に移動する。 技能試験待合室の手前に免許交付の窓口があり、 その横には交通安全協会の長机が構えている。 よく見ると、窓口の上にはさりげなく「←順路」と書かれており、 やってきた人を交通安全協会のほうへ誘導している。
 待ち時間に売店に行き、いわゆる「若葉マーク」を買った。750円。 領収書をしっかり切ってもらったので、あとで会社に請求することにしよう。 これがないと仕事で車を運転できないのだから、文句なしに必需品であり、 会社の金で購入し、会社の車に備え付けることは極めて妥当であろう。 ただ、あとで見たら但し書きが「品代」となっていて、 ちゃんと代金を取り返せるか少々不安。 いくら試験場の売店といっても、飲食物や雑誌類も置いているので、 「ひまつぶしに缶コーヒーと雑誌でも買ったんじゃないのか」と言われかねない。
 窓口前に戻り、呼ばれるのを待つ。 すると、窓口の向かいにある教室から人がぞろぞろ出てきて、 免許の交付を受けていた。 この人たちは優良運転者だそうで、優良ゆえに講習時間が短いのだろう。
 注目すべきは、免許交付を受けたあとの流れだが、事前の予想は覆された。 「義務じゃないのに強制加入」で名高い交通安全協会だが、 呼び込みなどはまるでなく、ほとんどの人が長机の前を素通りして帰っていったのだ。 よく見るとわざわざ自分で長机に出向いて加入(更新?)を申し出る人もいたが、 そういう人は割合にしてたかだか数%。まさに物好きの範疇に入る。 こんなに良心的でいいのだろうか?と思うと同時に、 他の都道府県と比較して「組織率」が異様に低いため、 「もっと加入率を上げろ」とか何とか、 安全協会の本部みたいなところにせっつかれないのだろうか、と心配になる。 ま、他人の心配なんてしてる場合じゃないけど。
 待っていると講習修了第2陣がやってきて、その直後に私たち少数派が呼ばれた。 すぐさま免許証を受け取り、人混みにまぎれてそのまま外に出た。 記載事項もろくに観察しないまま試験場をあとにする。 実に10回以上も通った試験場だが、もう当分は来なくていい。 そう思うとうれしいが、しかし、パスケースには余計なカードが1枚増えてしまった。


とんだ合格祝い

 と、話はこれで終わらない。 「お礼参り」をしたら、とんだ返礼を受けたのである。

 試験場を出て、まず向かった先は二俣川自動車学校。 12月に路上教習を4回ばかり受けて以降、一切の連絡を絶っていた。 料金はその都度支払っていたので金の清算は不要であり、 しばらくほうっておけば自然退学になるかなと思っていたのだが、 半月に1回ぐらい留守番電話に「どうなった」というメッセージが入っていて、 そのたびに忌まわしい運転免許のことを思い出してしまうので、 今日、すっぱり縁を切ってこようというわけだ。
 おもむろに「諸般の事情により、 もう免許を取ってしまったんですが」と言うと、特に驚かれるふうもなく、 淡々と「学科受験日はいつか」「技能試験は何回かかったか」など事情を聞かれ、 最後にアンケートを書かされた。この学校に対して持っている不満はただ一つ、 特定届出教習が取得時講習より高いことなので、その点だけ書いて出してきた。
 これで終わりかと思ったら、最後に「疲れのどっと出るプレゼント」が待っていた。 ほかでもない「若葉マーク」である。曰く「卒業記念に差し上げています」。 さっき買ったばかりだっつーの!
 この一件でどっと疲れが出てしまった。 半年前に入校金その他をおろした横浜二俣川局で記念の貯金を済ませ、今度こそ帰宅。


本日の支出

相鉄 ‥‥‥‥‥ 190
免許交付手数料 ‥‥‥‥‥ 1750
初心者マーク ‥‥‥‥‥ 750
相鉄 ‥‥‥‥‥ 190

Part 29 小計 2880
これまでの合計 229120


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最終更新: 2004年11月15日
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